江漢の写真鏡(ドンケルカーモル)                論考目次へ
江漢画帖には、「日本で始めての画法」と言われる写真鏡が使われている。
現地風景やカシミールとの比較で、江漢画帖の山の形が驚くほど正確なのはそのためである。
  
江戸時代、写真鏡と呼ばれたものに2種類ある。絵を描く道具の写真鏡は昔の2眼レフカメラの上半分に相当するもので、45度の鏡に反射させて上の磨りガラスに映し、薄紙を置いてトレースする。

幕末に横浜などで開かれた写真店で使われたカメラも写真鏡と呼ばれた。このカメラでは対象が上下逆さに映る。
上下逆さの風景では絵を描く道具に使えない。−−2種の写真鏡を混同した美術関連の記事を見ることがあるが間違いである。
 
高度な遠近法
江漢画帖には、当時の日本にはまだなかったはずの高度な遠近法が使われた絵が2−3含まれている(由井、御油)。
写真鏡を使えば遠近法を知らなくても高度な遠近法の絵が描ける」というのが美術界の常識である。
(1)御油 曲がった家並みの遠近法 
当時の日本にはは直線の遠近法しかなかったはずだが、江漢図/広重図の御油には曲がった町並みが描かれている。
 
 
(2)由井 超広角画法 
当時の日本の画家は、地上からの眺めを俯瞰図に変える(あるいは俯瞰図を地上に戻す)技法はマスターしていた。
江漢図は単なる俯瞰図ではなく、俯瞰の角度を少しづつ変化させていく高度な画法で描かれている。
この画法は西洋の絵画にもあまり見当たらないが、ブリューゲルの絵にはよく使われている。
 

              ●広重は、江漢の超広角画法の真似が出来ず、「風景の断面図」という奇抜な方法で複雑な地形を表現しようとした?
                 もし上の広重図「由井」が「風景の断面図」であれば、これもまた「古今東西前代未聞」の珍しい画法の作品である。
 
蛇足 写真鏡 ブリューゲルとフェルメール
ブリューゲルには超広角画法を使った絵が多いが、写真鏡によるものではなく、画法自体をマスターしていたようである。
写真鏡には@カメラに収まるようなコンパクトな風景であること A空想/想像画ではなく現実の現地風景であること という基本的な制約がある。
ブリューゲルの作品にはアルプス越えなどの壮大な風景、「バベルの塔」など聖書の世界や空想画が多く、いずれも写真鏡の対象にならないにもかかわらず、超広角画法で描かれている。
フェルメールの絵には写真鏡が使われているという説が有力で、出身地のフェルメール博物館には、写真鏡の実物が展示されていたりするが、この説は少々疑わしい。
@フェルメールが写真鏡を使ったという文献資料はないし、Aフェルメールの絵は写真鏡がなくても描けるのである。
一方、江漢画帖については
@江漢の自筆書簡に写真鏡を使ったことが明記されており、A写真鏡を使わないと描けない絵が含まれている。
 
江漢画帖について、「広重東海道五十三次のモデルということの他に、日本で最初の写真鏡作品という美術史上の価値があるのではないか」という美術関係者の意見を聞いたことがあり、その通りである。
間もなく本当の写真が出現し、写真鏡の時代が終わったから、あるいは「日本で最初で最後の写真鏡作品」なのかも知れない。(江漢の絵画技法を継承する弟子も居なかった。)
 
inserted by FC2 system