浮世絵で見る保土ヶ谷宿   保土ヶ谷区生涯学習 保土ヶ谷歴史探訪 第6回講座         第3部−各論3
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戸塚 戸塚には話題が多い。3項目について説明する。

(1)鎌倉道みちしるべ
(2)再刻版の謎@ 風景、こめや(旅籠/茶屋)の板壁など  
(3)再刻版の謎A 馬から下りる人/馬に乗る人?                      
(1)鎌倉道道しるべ
吉田橋と米屋(旅籠/茶屋)を描いたもの。橋のたもとから川土手を進むと鎌倉道につながる。
ここに鎌倉道の道しるべがあった。
この道しるべが、大正時代に近隣の人の手ですぐ近くの妙秀寺に移設され、今でも現存する。

ここに行けば広重の道しるべが見られるというので、胸を踊らせて妙秀寺を訪れる広重ファンが多いが、がっかりして割り切れない気持ちで帰ることになる。図のように広重図とまるで印象が違い、細いひらがなの字体も別なのである。

ところが戸塚宿の別な場所に広重図そっくりな道しるべが実在する。
八坂神社前交差点を左折すると鎌倉道である。(吉田橋から来る川土手道と合流する)。
ここにあった立派な鎌倉道道しるべが、日立工場の正門前に保存されており、太い筆で書いた「加満くら道」の文字は広重図と一致する。




戸塚の歴史散歩をする機会があれば、是非二つの道しるべを広重図と見較べて頂きたい。
広重は吉田橋の風景を描きながら、道しるべだけは別な場所のものを描いたことになる。
     
(2)再刻版(その1−風景)
戸塚にも再刻版の謎がある。−−風景の違いと「馬から下りる人」の違いである。

風景の違い:茶屋の板壁と格子窓。川向こうの土手の藪。二股の木が生長して太くなっている。

幸いなことに、地元に大正時代に撮った現地写真が残っている。(よく引用される「大正時代の五十三次写真集」とは別な写真である。)
比較すると、再刻版の風景はこの現地写真とそっくりであることが分かる。
       (二股の木や川向こうの藪がはっきり写っているのは驚きである。)
言い替えれば「初版の風景は、現地風景とそっくりでなかった」ことになる。
再刻版が作られた理由は今や明らかである。
初版が刊行されたあと、「現地風景と違う」(売り文句の「真景」と違う)ことが問題になり、もう一度忠実に写生し直したという単純な話であった。
 
大正の写真 戸塚郷土資料

「大正の写真」は、再刻版とそっくりである。
   茶屋の板壁/二股の大木/川向こうの藪
どうでもよい川向こうの藪まで正確に描かれているのは、かえって異常である。

広重当時の実風景も、「大正の写真」通りであったのを、広重は現地チェックで、それを見逃した。刊行後、それを指摘され非難されたため、数ヶ月後、もう一度戸塚を訪れて、(意地になって)現地を正確にスケッチした。

(3)再刻版(その2−馬から飛び降りる人)
「馬から下りる人」を「馬に飛び乗る人」に変えた理由について、80年間議論されている。
これまでの説は、要するに「下りる」のは景気が悪いから、「気分転換/縁起直し」に「乗る−上がる」に変えたということである。

最近のNHKの美術クイズ番組では、「こめや」の看板に引っかけて「米相場が上がることを祈願して、馬に乗る人に変えた」のが正解とされていたがひどい話である。「米相場が上がる」とは、米の値段が上がるということであり、米不足−飢饉の時にそうなる。消費者も困るが、米屋も売り惜しみ/便乗値上げを疑われて、打ち壊し(都市暴動)のターゲットにされるので、赤字覚悟で安売りをせざるを得ない。
米相場が上がってハッピーになる人など一人もいない。株式相場が上がってみんながハッピーになるのとは全然話が違うのである。

10年近く考えて、やっとたどりついた正解

初版は「馬から下りる人」だが、再刻版も「馬に乗る人」ではなく「馬から下りる人」である。

初版では、進行方向の後ろ向きに飛び下りているが、こんな下り方は絶対不可能である。

「こんな下り方は不可能である」ことを指摘されたため、広重は「正しい下り方」に描き直した。それだけの話である。

★馬から下りるには、乗るときの動作を、そのまま逆にたどることになるので、乗ろうとしているのか下りようとしているのか瞬間のポーズからは、区別できない。
北斎漫画(1825頃)より
広重(1833)はこれらを手本に描いている。

左:裸馬曲乗り(サーカス)

右:馬から下りる手順
  正しい馬の下り方
北斎漫画に、両方の下り方の手本がある。
「後ろ向きに飛び下りる」図もあるが、曲乗り(サーカス)の絵である。広重はこのサーカスの絵をモデルに使って描いてしまい、あとで訂正させられたのである。
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