マハーカーラの謎 (続き)               写真集目次へ   マハーカーラTOPへ戻る
マハーカーラの謎は、さらに続く。ここでは、概説にとどめる。
 ●マハーカーラ→青面金剛   別項
ドクロやヘビに飾られた怖ろしいマハーカーラの絵図が説明抜きで中国に伝わり、病を流行らせる悪鬼(病魔)の姿とされて青面金剛とされた(絵図だけが一人歩きして伝わった誤伝)。病魔を描いた掛け軸の前で祈祷し、念力較べで病魔を退散させるのである。

平安時代の日本では、伝染病を駆逐してくれる神が求められ、青面金剛は改心して病を駆逐する善神に変身する。

右図は、最初の青面金剛木像−平安時代。それまでの青面金剛は凶暴/危険なので、修行を積んだ僧侶や行者しか扱えなかった。素人でも拝んでよい穏やかな青面金剛像が求められ創造された。「穏やかな」が強調されすぎて、凶悪な病魔と対決するには頼りないと思われたのか、一体しか作られなかった。

庚申信仰とのつながりは、戦国時代以降のことである。

 ●マハーカーラ→大黒天   別項
マハーカーラは大黒天と訳され、現在では福の神である。戦いの神(大将軍)だったはずのマハーカーラが、福の神大黒天に変わったのは何故か、これまで誰にも解けない謎であった。
チベットのマハーカーラを見れば謎が解ける。
75種類あると言われるマハーカーラには、シヴァを踏むものと、ヒンズー教の福神ガネーシャ(象神)を踏むものがある。
前者は戦闘神(大将軍)だが、後者はもともと福神である。後者の福神マハーカーラが福の神大黒天として伝わっただけで、別に不思議ではない。

右図のマハーカーラは象神を踏んでおり、ガネーシャに代わる仏教の福の神であることが一目で分かる。

★75種類ものマハーカーラがあることから見ても、マハーカーラは固有名詞ではなく、明王、菩薩・・・といったグループ名である。
固有名詞として考えたために混乱したのである。
★マハーカーラがヒンズーの神を踏む理由: 「仏教の神であることを示す」ことのほかに、「踏まれている神に取って代わる」という意味がある。「ヒンズー教の福神ガネーシャを踏む」マハーカーラは「仏教の福の神」であることを示している。
大黒天の姿  マハーカーラ(福神)と似ても似つかぬ大黒天の姿はどこから来たのか。
チベット/蒙古では、マハーカーラの名前と姿がそのまま継承された。
一方、インド南部−海岸寄りの地方では、
(ヒンズー教でも仏教でもない)土着の財宝神クベーラの姿がマハーカーラとして伝わった。
金袋と宝石箱を持った太鼓腹のクベーラの姿は、日本の大黒天そのままである。
マハーカーラ(大黒天)が最初に出てくる資料は唐代に書かれた義浄法師「南海寄帰内法伝」であるが、この資料のマハーカーラの姿はクベーラである。
西方諸大寺皆食厨の柱側あるいは大庫の門前に木を彫りて、二三尺の形を表わし、神王となす。その状、座して金嚢を把り、かえって小牀に居し、一脚地に垂る。毎に油を持って拭い、黒色形を為し、マハーカーラという。すなわち大黒神なり。」

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